花園幼稚園 100年の歩み

年 月主な歩み
1916年05月小田原市十字3-542 に 花園幼稚園開設 ※@
木造2階建てで階上が礼拝堂,階下が保育室として完備された。
 花園幼稚園は日本聖公会小田原聖十字教会の付属幼稚園として、宮澤九万象司祭のもと開園。
 保母として永山千香,助手として豊田ハルが協力し保育に当たった。
1918年04月初代園長に関喜美子就任
1919年03月現在地(十字3-541)に移転増築 ※A
 大嶋義正海軍大将の土地の一部を、購入。海軍大将瓜生外吉,子爵榎本武憲,山田又市,森恪、谷崎潤一郎,小田原市長今井広之助等48名の寄附があった。
1919年04月神奈川県より幼稚園の認可がおりる
 谷崎潤一郎の娘鮎子入園
1923年09月関東大震災に寄り,建物全壊
瓦礫のあとに英国より贈られた天幕で保育が続けられた。 ※B
 天幕での卒園式
1924年隣接地 100坪購入
1925年07月園舍新築
この頃、北原白秋長男隆太郎始め、多くの著名人の子女が入園。 ※C
戦時中強い弾圧を受けたが、1日も休まず幼稚園を続けた。
 北原白秋の長男,野崎広太三越社長の長女,長男、榎本武揚の孫,関重忠海軍少将の次男、益田孝三井物産社長の孫,室田義文貴族議員の孫,三好達治の娘等が通った。
 
1946年03月2代目園長に、勝俣喜久恵就任
1952年04月母の会発足 ※D
 園舍の写真
1955年07月隣接地97坪を購入 運動場を拡張
ベビーブームで、100人を超す園児数に。
2部に分けて保育したこともあった。
1959年04月グリーンの制服黄色の制帽採用(72年まで)
1963年11月月報発行
1964年06月3代目園長に田辺一男就任
遠足は親の要望で、温泉が多かったが、やがて、東京タワーや、フラワーセンター,アスレチックや子どもの村等に変わっていった。
1965年03月園舍一部増築
1966年4代目園長に関重広就任(04月)
50周年記念式典実施
1968年保育室拡張
水洗便所工事
園舍改築の費用を生み出すため、幼稚園・教会合同で、バザーを行った。バザーはその後もずっと継続している
1972年04月送迎バス開始(79年3月まで)
園服変更
送迎バスにより、板橋,早川、飯田岡等から多くの園児が集まった。
1973年04月森井松代園長代理就任
母親勉強会始まる(月1回)
 母の会は、家庭と園をつなぐだけでなく、親同士の交流を深めることも大きなねらいだった。
 保育参観や、懇談会,誕生会の食事,バザー仕事会のほか、お母さん達の学びの会も多くもたれた。
1976年園舍設備改築 ※E
クラス名変更「すみれ、たんぽぽ、さくら」
1978年03月卒業記念誌発行始まる
1981年幼児体育研究所長亀谷正美先生の体操始まる
杉浦正明先生との子育て勉強会始まる
亀谷先生の体操教室は子ども達に喜ばれ、2015年まで続けられた。
1982年3月5代目園長に、森井松代就任
1986年5月創立70周年記念式典
 70周年記念で設置された遊具
1993年4月6代目園長に、武田富士江就任
ウサギやチャボを始め、多くの生き物を皆で育て、命の大切さを育む。
園外保育で、各地に出かけ、また芋掘りも喜ばれた。
1994年就園前の親子で遊ぶ会始まる
1995年菊池貴子氏を中心にコンサート始まる
生の音楽や、演劇に触れ、子ども達の心が培われた。
菊池氏はその後も園児との触れ合いを継続している。
1996年屋根の修理
1997年04月「母の会」から「ゆりの会」へ
2003年01月園舍の新築を決議,建築委員会発足
2004年02月新園舍落成式 ※F
新園舍は木造にこだわり、健康でからだに優しい建物、明るくて活動しやすい空間を目指して作られた。
 新園舎落成式
2004年04月7代目園長に宮崎淳子就任
2005年07月学校法人化に向けての準備委員発足
2006年04月8代目園長に相澤牧人司祭就任
学校法人聖公会聖十字学園花園幼稚園となる
初代理事長に林晄司就任。
7名の理事と2名の監事で理事会を構成。また評議員会は、15名の委員で構成、それぞれ幼稚園のあり方や運営について、定期的に会合を持って話し合い、進めた。
2008年04月9代目園長に大居雅治就任
2009年園庭整備
2011年04月10代目園長に三鍋裕主教就任
園長代行として大野清夫司祭が任に当たる
2012年04月11代目園長に高橋多重就任
2013年環境整備充実
建築のための5400万円の借入金は2013年に完済した。
2016年06月創立100周年を迎え記念行事を開催